チップとデール
月がきれい
冒険者の宿
逆流性
全身がどろどろと悪臭をはなつタールのよう。からだのなかにじっさいにあるものならばよかった。あれば嘔いてすませることもできる。悪意は血でも肉でもないぶんしまつしようがない。
かれとはにたりよったりの世すぎに身をおいており、世間の評価でいえばはるかにこちらに分がある。おもに数字にはねかえるようなはなしだ。いつのまにかきしむほど噛みしめていたおく歯をため息でほどくと、アルミ箔でも噛むようにうずいた。
枕もとのうすっぺらい箱がちかちかとしらせをよこす。おめでとうあなたにいくついくつ星がつきました。そんなものになんの意味があるなどとはいわない。けれどもそのなかにあの人はいない。
あの男にむかってかの女はいった。あなたのうたは奇蹟のよう。そのことばをそのおとにのせて鳴らすためにあなたは在るのだとおもう。──こぶしで壁をなぐりそうになった。なんでおまえなんかが。めだまのうろのおくではっきりときこえた。なんでおまえなんかが、そんなことばを湯水のようにあびる。
世界がこんなふうにみえている、と、おのれの視界をつかんで引きずりだしてみ
た。そのできがどうだの、才能がどうだの、そんなことはどうでもよかった。みなが目をみてほほえみかけてきた。あの人だけが、ひり出したものをみていった。ふうん。あなたの世界はこんなふうなの、きれいね、わたしの好みではないけど。
そのおなじくちびるでかの女は男にいった。あなたに世界はこんなふうにみえるの、きれいではないけど、とてもすてき。みせてくれてありがとう。うまれてきてくれてありがとう。
悪意は血でも肉でもないぶんしまつしようがない。のどもとを嫉妬がせりあがってきて嘔きそうになるけれども、どんなにそうねがってもじっさいにでてくるのはせいぜいがところただの胃液だ。
アーカイブ
電波がわるいから屋上がいいよともうひとりの悪友のおんながいった。こちらはがみがみとしかりつけるような声色ではない。ありがとうとこたえる。
こころえたもので男どもはなにもいわない。
ひとまえで何かをするのはとてつもなくエネルギーを要する。みずからのぞんでここにたっているとしても。どだい、なにかを発するためにはどこかを消耗しているのだから、そのぶんの欠落がないかのように壇上でも舞台うらでもぎらぎらとふるまう人のむれの中にいるのは、いつまでたってもぶきみだし慣れない。
はらへったな。おどり場に腰をおろすとそんなことばが口をついてでた。腹がへったら喰わねばならない。
きみどり色のアイコンをおや指のはらでたたく。受話器のマークは近ごろのメインユーザーにつたわるものなのか。4コールほど待ってやわらかい声が耳朶をくすぐる。はい、──です、どうしたん、しごとじゃないのん。
どうもしないし元気だけどかけてはだめですか。息をすって、ききかえすのにすこし勇気がいった。いつのまにか、なにかがかなしくて、苦しくて、やりきれなくて、どうにもならなくなったときにこのひとにたすけをもとめるのがならいのようになっていた。
ほろほろと耳元で声がわらった。元気か、そうかそうかとってもよろしい。ほっとしてしまって、べらべらとくだらないことをしゃべった。これはいいものだとはなしながら思った。なんでもないことをずらずらとならべて、それであなたがわらうならいい。
そんなわけですごく元気なんだけどまたあってくれますか。ひとしきりはなしたあとまじめくさってたずねると、また、やわらかい笑声がほおをなでた。もちろんですお客さま。