Life in a Glass House

Well of course I'd like to sit around and chat But someone's listening in.

月がきれい

 そいつがあまりになにもわかっていないのでかなしくなった、というようなことを、その人は郷里のことばでほろほろとはなした。わたしはその子がクライアントにおくるメールの商材のつづりをまちがえて、演者の元締におうかがいをたてるためにおくるメールに三作品のうちふたつしか同梱しなかったこと、それじたいにがっかりしたのではないの。それだけでもたいがいだし二日つづけてこれらがおこってしまったこともたいへんに遺憾だけれども、かなしかったのはかれの謝罪のもんくなの。
 やめるとかいわれた、と、つまらなそうないろが声にのらぬよう気をくばりながらたずねる。つね日ごろはつごうよく弱者のみかたをきどっているけれども、この人の時間はそんなばかに一秒だってむだにされていいものじゃないというおもいがどうしたって先にたつ。口がさけてもおおっぴらにそんなことは言えないが。
 さいな、とちいさな声が明滅するブルーライトのむこうであいづちをうった。肯定にも否定にもつかうことができるようで、いつきいてもきれいなことばだ。それはそれでこまるけど、そのときはそうじゃなかって。
 その子な、せっかく手間かけたレタッチがむだになってしまってごめんなさいっていうんやわ。そうじゃないやろ。お客さまに失礼があったらあかんてせんどいうたったのに。
 さびしそうな声だ。うっとりとそれをきいた。液晶にゆびでふれるとそこにうつった白いほおがなみうつ。むこうからはみえないのだろう、きょとんとしている。
 そうやって、依頼人をだいじにだいじにするようおそわったんだ。その白いものをゆびさきでなでながらたずねた。この世のなにものにもみれんのないようにみえる、はねのはえたような生きものが口にする、ほとんどさいごの執着。
 さいな。ふしぎそうにまばたきながらその白いものはさえずる。わたしのだいじなお客さま。